


WHOの定義によると、健康とは「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にもすべてが満たされた状態(well-being)」のことを指します。
言い換えると、「生きる実感や生きる喜びを、自覚的・主体的に感じられる状態」とも言えるでしょう。
一方、西洋医学における健康は「病気でないこと」「異常がないこと」とされ、これを前提に治療が行われます。
そもそも、人間のからだは調和と不調和の間を行き来して、常に変化しているものです。だからこそ“からだとこころの調和”を信じ、「いのちの力」を引き出すことが、健康につながるのではないでしょうか。
今回は、健康の概念に新たな視点で「健康学」を提唱している、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント学科の稲葉俊郎特任教授にお話をうかがいました。

稲葉俊郎(いなば としろう)
1979年熊本生まれ。2004年、東京大学医学部医学科卒業。 東京大学医学部附属病院 循環器内科助教(2014年~2020年)を経て、2020年、軽井沢病院総合診療科医長(2022~2024年、病院長)。2024年5月より、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM) 特任教授。東北芸術工科大学客員教授(山形ビエンナーレ2020, 2022, 2024芸術監督)、武蔵野大学ウェルビーイング学部客員教授を兼任。医療と芸術、福祉、湯治など、他分野と橋を架けwell-beingの場の研究と実践に関わる。【著書】『いのちを呼びさますもの』(2017年) 、『いのちは のちの いのちへ』(2020年)、『からだとこころの健康学』(2019年)、『いのちの居場所』(2022年)、『ことばのくすり』(2023年)、『山のメディスン』(2023年)など。HP:https://www.toshiroinaba.com/(写真)出典:photo by. Kohei Yamamoto
「健康ってなに?」新しい視点で見る“健康学”とは

健康には、短期的な視点と長期的な視点があります。
医学生時代、他学部の授業を受講してみて面白いと思ったのが、哲学や宗教でした。
特にインド哲学はヨガやアーユルヴェーダにも影響を及ぼし、知識よりも実践や体験を重んじています。東洋思想や哲学を学ぶほど、健康につながる新鮮なヒントを数多く見つけました。
そして、医療現場に入り10年くらい経て、自分が感じていた違和感をようやく「健康学」という言葉で言語化できるようになりました。

現代医学は、いわば「病気学」です。私は心臓の循環器内科を専門とし、カテーテル治療や補助人工心臓、心臓移植、小児循環器など、命にかかわる急性期医療に携わってきました。
現代医学の力で救命できた経験もたくさんあります。
しかし、次第に「人は“病気になりたくない”のではなく、“健康になりたい”のではないか?」という思いが強くなってきたのです。
病気をきっかけに、自分の健康とは何かを考える人がいます。処方箋を出し手術をして終わりではなく、自分のからだから沸き上がる“いのちの声”に耳を傾ける必要があるのです。
からだやこころには、全体の調和に向かう働きが備わっています。そうした道筋や手段は、必ずしも医学に限定されるものではないと気づきました。
例えば、「道」の世界、つまり能楽や芸道、華道や茶道や武道などの「道」として伝承された叡智の中にも、心身の知恵があると思うようになりました。
からだの構造にある2つの性質:「植物性臓器」と「動物性」
人間のからだには、「植物性臓器」と「動物性臓器」という異なる性質の臓器があります。
そして、異なる働きを持つ植物性臓器と動物性臓器の活動バランスをとるのが「自律神経」です。
人の体は、こうした矛盾する2つの性質をあわせ持つ“二重の筒構造”になっているのです。
このことを理解したうえで、「からだの声」を聞くことが大切です。
例えば、古来より伝統的な身体観で大切にされてきた「丹田(たんでん)」という場所。
丹田呼吸という呼吸法もありますが、これは、動物性臓器である“頭”ではなく、植物性臓器である“腹”を中心に据えて考えるための象徴的な場所なのです。
“あたまの肥大化”がもたらすズレと違和感
人のからだは60兆個の細胞からできています。その中で脳細胞はほんの一部(数千から数百億個程度)の細胞にすぎないと言われています。それにも関わらず、細胞少数派の脳(あたま)が多数派のからだ全体を指令し、時には無理やり動かしてしまう。このように“あたま”が肥大化している状態があるのです。
また、人間のあたまはバーチャルリアリティー(仮想現実)を作り出すことで、「偽の心」を作ることができます。
しかしその結果、「本当の心」から生まれる自然な欲求と「偽の心」が作り出す欲望との違いがわからなくなってしまうのです。
医者は患者と対話するとき、からだがどんなサインを送っているかを受けとろうとします。言葉を文字通り受け取ってしまうと、患者が眠れないので困っていると言えば、医者は睡眠剤を出して終わり、となるでしょう。ただ、眠れないのは結果論で、本当の理由はからだから発される無言のメッセージに気付かなければなりません。
例えば、人間関係のトラブルが原因で不眠や頭痛、胃痛を起こすなどです。子供の登校拒否なども、人間関係を避けたくて起きる場合があります。つまり人間は、あたまの理屈でからだが発する大事なサインを隠してしまう可能性があるのです。
あたまは嘘をつきますが、からだは嘘をつきません。あたまとからだのズレをなくしていくと、その人も生きやすくなるでしょう。あたまで分別できる世界をはるかに超えた次元で、いのちは活動し続けているのです。
「治す医療」から「治る医療」へ。自然治癒力を引き出すという視点

西洋医学では、原因を特定して治療する「治す」ことが重視されます。
一方、古来日本では、「自然(じねん)」という言葉があります。これは「自(おのずか)ら然(しか)る」と読み、人の意図を超えた“本来のあり方”を指します。
また東洋思想には、「心身一如(しんしんいちにょ)」という身体観もあり、心と体は同じもので、人と自然も一体のものだという発想です。
自然に身を置くことで、治癒のプロセスが発動し、自然治癒力が高まっていきます。例えばこれらです。
医療現場では技術を高めることも大事ですが、それだけでは患者がスーパードクターばかりに依存してしまうでしょう。大事なのは、自然に治る力(自然治癒力)を深めていくことだと思います。
時には、自分の中にある「治る力」を自分自身が邪魔していることもあり、その場合はそれを取り除かなければなりません。
私自身は、「温泉」という場にその力を感じています。
湯治文化にはエビデンス(確かな根拠)に乏しいと言われていますが、科学を超えるほどの長い歴史と、人の体験による知恵が蓄積されています。
健康を考えるときは、自分自身の感受性や身体感覚の精度を高めることが重要なのです。
ここまで、からだとこころのつながりと「健康学」について学んできました。後篇では、医療現場以外での新たな取り組みについて引き続きお話をうかがっています。
【紹介著書】


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編集部おふろ部
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